【みやたの雑記帳】#3

 

 

夕陽の話

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 小雨が降ったある日。部活が終わり仕事を片付け、いよいよ帰ろうと外へ出ると、雨が上がり、爽やかな夕空が広がっていました。

 そして体育館の向こう側に、オレンジ色に輝く夕陽がぽつんと見えました。

 あぁ、今日もいい日だったなあ、と感慨に耽りながら夕陽をじっくり見つめると……

 エネオスの看板でした♫

 

 

エッセイの話

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 くりぃむしちゅー上田晋也。彼の書いたエッセイの話です。

 僕が最も好きなバラエティ番組といっても過言ではない「太田上田」で交わされたトークにて、上田晋也のエッセイ「経験」が発売されたという情報を知り、急いで本屋に向かい、レジのお姉さんに少し恥ずかしい気持ちを抱きながらも購入しました。

 「経験」の内容はいわゆる短編集。彼がここ10年間で実際に体験したいろいろな話が、たくさん詰め込まれています。

 その中でこのような表現があります。

 エクストラバージンオリーブオイルばりにねっとりとした汗を、夏の甲子園のマウンドばりに大量にかき、ハツカネズミと同じくらいの速さで打っていた心臓の鼓動が、元のリズムに戻るのに、「どん兵衛」ができるくらいの時間を要したように思う。

 端的に言えば「動揺がおさまるまで、少し時間がかかった」ということです。

 それを事細かに例え、例え、例えまくり、読者をクスッと笑わせてしまう上田晋也という人間は、やはり大御所司会者であるまえに立派な芸人なのです。本当、人を笑わせずにはいられないのでしょうね。病気です。

 

 

日本海の話

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 到底、敵わない。

 築地?銚子?屁でもない。新潟や福井に比べれば、ほんと、屁でもない。

 本当に美味しい料理を食べると、その料理に抱いていた概念がまるごと入れ替わるものです。僕も何度かその感覚を覚えたことがあります。

 日本海って、こんなに美味しかったんだ。あぁ、美味しい。また海鮮丼を食べに行きたいな。

 

 

白湯の話

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 人はこれまで、ありとあらゆるモノに名前をつけてきました。目に見える物体にはもちろん、感情や現象、概念にまでも名前をつけてきたのです。

 では、「白湯」ってなんですか?「お湯」じゃダメなんでしょうか?(蓮舫

 まあきっと、飲用のお湯のことを白湯といって区別しているのでしょうが、にしても「お湯」でいいじゃんか。

 近い未来、需要があるかないかは別として、レンズ越しにすべてのモノの名前が可視化されるメガネくらいは開発されるでしょう。

 そのメガネをかけて「水を沸かしただけで他になにも入れていない熱い液体」を見たとき、それは「白湯」はたまた「お湯」、どちらで表記されるのでしょうか。

 「白湯」だったら腹が立ちませんか?飲用のお湯である、と勝手に断定されているようで。

 

 

ビックマックセットの話

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 僕という男は、至極保守的な人間です。これまでの人生を振り返っても、それはそれは保守的で、リプレイのし甲斐のない内容で溢れかえっています。

 今日の昼食は、マクドナルドのドライブスルー。

 今回もまた、ビックマックセット。

 マクドナルドでビックマックセット以外の注文をしたことなどほぼ無く、割合でいえばバブル期の消費税率と同等でしょう。サイドメニューはポテト、ドリンクはコーラ。基本、この注文しかしません。

 冒険ができないのです、他のメニューを注文するという気にならない。行きつけのラーメン屋でも、いつも「らーめん・ばらブツ丼・ネギ皿」の三点セット。

 毎回おんなじ注文をしていた僕は、気づけば公務員になっていました。必然ともとれるこの流れ。しかし、保守的な人間が本来送れるはずがないであろう、慌ただしくも楽しい毎日を過ごしています。

 次は、てりやきマフィンでも頼んでみよう。

 

 

木綿のハンカチーフの話

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 木綿のハンカチーフ。誰もが耳にしたことがある、名曲中の名曲です。

 1993年10月、松本隆筒美京平の大看板に、「まごころ弾き語り」と称された太田裕美の歌声を乗せた円盤が日本中に散り行きました。僕の母親の車では定番の曲でした。

 宮本浩二や橋本愛にカバーされ、そのたびに話題に上がる、まさに生きた名曲。最近この曲をよく聴きます。

 およそ30年前の男女の切ない恋模様。不便でもなんでもいいから、スマホのない時代を生きて、木綿のハンカチーフで涙を拭く、そんな恋愛をしてみたいなぁ。

 

 

「エモい」の話

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 エモい、という言葉には一抹の切なさが潜んでいるのではないでしょうか。少なくとも、僕がエモいと口にするときにはそういったニュアンスが含まれていると思います。

 昔のことを思い出してエモいと思うのは、あの楽しかったときに戻りたい、だがしかし時間の流れに逆らうことなどできない、この行き場のない切なさがあるからです。

 夕時の海を見てエモいと思ったり、田舎の田園風景を眺めてエモいと思うのも、すべて映画やドラマやアニメなんかで、何か切なく哀調を帯びた出来事が起こるという意識の基盤ができているから。

 「エモい」と口にする人は「薄っぺらい」とみなされがちな世の中なので、代わりに「あぁ切ない」と喚きましょう。あぁ切ない。

 

 

旅情の話

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 旅情。

 旅でのしみじみとした思い。たびびとの心情。また、旅のおもむき。

 ここまで美しく便利な言葉があったでしょうか。旅行が趣味である僕にとって、これほどまでに早く知りたかった言葉はありません。

 限りなくメモに近い話でした。

 

 

一人で観る話

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 バラエティ番組を観るとき、僕は絶対一人になります。友達や家族と一緒に観よう、なんて気持ちは微塵も湧きません。

 面白いと思えば笑って、面白くないと思ったら笑わない。この当たり前なことが、周りに人がいるとなかなか難しいんです。この子は笑ってるかな、とか気にしてしまって。

 大好きで大好きなM-1グランプリも、絶対に絶対に一人で。お酒とおつまみを買っておいて、すべてを独り占めするのです。

 去年のM-1も一人で観て、そのあと研究室の先輩と飲みに行ってしこたま語り合いました。このくらいが性に合います。今年もM-1会を開催します。年末の、一つの楽しみです。

 

 

足が長い話

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 恐縮ですが、一ヶ月に一回くらいの頻度で、「足が長くてカッコいいね」と言っていただくことがあります。安心してください、ここから先、自慢話にはなりません。

 いや、足長くないよ。

 これが僕の率直な意見です。そしてそれは、限りなく事実に近い意見です。

 絶対的には長いのでしょう、なぜなら身長が高いので。ただ、座高と股下を厳密に測り、足の長さを相対的な長さとしてとらえた場合、自信を持って足が長いといえるほどのタマじゃありません。

 そして僕はピンクパンサーばりのヒョロ長体型なので、脚も縦にビヨーンと伸びたように長く見えるのでしょう。

 自分の努力とか才能以上に周りが自分を評価してくれるシチュエーションというのは意外とありますよね。当たり前ですが、それには良い面と悪い面があります。しっかりと自分を見積もりながら生きていきたいものですね〜。