化学の眼鏡

 

 この世界は、美しいものだろうか。

 

 趣味である旅行を通してたくさんの美しい景色に出会ってきた。しまなみ海道に沈む夕陽、和倉温泉から眺める穏やかな海景色、静かに雪降る白川郷、夏満開の上高地、紅く染め上げられた秋の京都、湯煙が立つ雲仙地獄・・・どれも忘れられない美しさだ。

 

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 数々の旅行を経験し、国内の絶景という絶景を一通り見た僕は確信している。

 

 この世界は美しい。

 

 旅行なんて手間のかかることをしなくても、世界の美しさに気づくことはできる。下校中の西の空が夕焼けで赤く染まっていたこと、雨上がりの空に大きく虹が架かっていたこと、春に咲くチューリップや秋に香る金木犀、冬になると色めきだす駅前のイルミネーション。学生時代を振り返っても世界は確かに美しくありつづけていた。

 

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 では、僕とあなたが同じ場所に立ち、同じ方角を向いて見た景色は、まったく同じものなのだろうか。

 

 答えは'''ノー'''だ。僕とあなたでは世界との接し方がまるで異なっている。あなたは僕がかけている「化学の眼鏡」をかけていないはずだ。

 

 いくつかの例を挙げよう。

 

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 夏の夜空を彩り、人々の心を癒してくれる花火。みんなも恋人と花火大会に行ってチョメチョメな経験があるだろう。

 

 大衆は花火をこう見る。

「綺麗だなぁ。癒されるなぁ。」

 

 だが僕は化学の眼鏡を通して花火をこう見る。

「綺麗だなぁ。黄色ってことは、ナトリウムの塩が発色剤として入っているのかなぁ。花火職人さんは金属の炎色反応をうまく利用して、こんなに大勢の人の心を癒しているんだなぁ。みんなが見ているのは'''花火'''であり'''化学反応'''なんだなぁ。化学ってすげーなぁ。」

 

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 穏やかな波が立つ海。たまにこういうところに旅行に行くとリフレッシュになって良い。

 

 大衆はこう。

「青い空、青い海、最高だなぁ」

 

 僕はこう。

「青い空がきれいだなぁ。空が青いのは、空気中の窒素や酸素が、可視光線の波長のうち青に該当する波長の光だけ散乱しているからなんだっけなぁ。海が青色なのは、水分子がわずかに赤色に該当する波長の光を吸収して、その補色の青色が残されて目に届いているからなんだなぁ。'''空の青'''と'''海の青'''。青色が見えているという点では同じでも、その原理は'''散乱'''と'''吸収'''でまったく違うんだよなぁ。面白いなぁ。」

 

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 温泉地ではモクモクと湯気が立ち昇っている。そして卵が腐ったようなにおいがして、あちこちから「臭い」と文句が聞こえてくる。自分から進んで来たくせに。

 

「湯気だぁ!温泉地に来たって感じ!臭い!」

 

「湯気だぁ!温泉の水蒸気が外気で冷やされて水滴になって、光が散乱されて白く見えるものが湯気なんだよねぇ。みんな「湯気=水蒸気」って思ってるっぽいけど実は水滴なんだよなぁ、そもそも蒸気は見えないもんね。それから「硫化水素」は相変わらずくっさいなぁ。シルバーアクセサリーをつけてこの辺を歩くと、硫化水素と銀が反応して真っ黒な硫化銀になって汚れちゃうから気を付けないとねぇ。」

 

 もう、どちらが僕の思考であるかを見極めるのは簡単だろう。

 

 こんな具合に、僕は化学の眼鏡をかけて(物事を化学的に解釈しながら)日々を過ごしている。それは眼鏡だから、裸眼のみんなに比べると世界をより鮮明に、美しく眺めることができる。

 

 眼鏡をかけると、自ずと歴代の花火職人たちの知恵と努力が見えてくる。空の青と海の青が全く別の色に見えてくるし、目には見えない'''におい'''の正体まで見えてくる。もう一度言うが、僕とあなたが見ている世界は全くの別物である。

 

 世界が美しいことを確認して満足するのも悪くはないが、世界がなぜここまで美しいのか、その原理を知ればあなたが暮らすこの世界はもっと美しいものになる。この素晴らしい事実をより多くの人に伝えたいがために本記事を書き始めた。

 

 化学の眼鏡が活かされる場面をもう一つ提案しよう。

 

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 これは越前大仏(福井県)の写真。先日の北陸旅行で訪れたが、その力強さに圧倒されたのを覚えている。

 

 多くの人は大仏を鑑賞するとき、文系的な見方をしようと努力する。だいたい歴史、宗教、文学。「◯◯の提案で◯百年前に建てられ、◯教の影響を強く受けており、◯◯も和歌に詠んだことがある」なんていう解説板が置いてあるから、それを読んで「へぇ〜」と一応頷いておいて、3日後には何も覚えていない。所詮そんなものだ。

 

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 一方、僕は大仏を化学的な目線で見つめる。

 

「張り付けられているのは金箔。純金1㎤で10㎡にまで広がる驚異の展性を持つから、この大仏を覆うにはだいたい5㎤の純金が必要だろう。密度は20 g/㎤だから必要な金は100 gくらいか。現在の金価格が7000円/gだとすると、今この大仏を作ろうとすると金色にするのに70万円かかるのか。これが高いか安いかの判断は難しい。」

 

 数字がたくさん出てくると読むのが嫌になる人がいるかも知れないが、まだ続く。

 

「金箔を大仏に張り付けるのはただ単にゴージャスに見せたいからなのか?そういえば、エジプトのクレオパトライオン化傾向が小さく錆びにくい金を原料に用いることで、今でもその輝きを維持していると聞いたことがある。ふむふむ、金箔は大仏の劣化(酸化)を防ぐある種のメッキ的な役割も果たしていそうだ」

 

 このように、旅行地で寺社仏閣などの「歴史的建造物」に出会ったとき、僕は文系的な見方のみならず化学的な見方をしてみるのだ。

 

 対象が「物質」として確かに存在している限り、化学の眼鏡を通して対象の性質・構造・反応(俗に言う化学の三要素)を細かく観察することができる。

 

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 眼鏡をかけることで、日々を送る家の中にもたくさんの化学が潜んでいることに気づく。テレビやスマホの液晶の正体、氷を温めると水になるのに生卵を温めるとゆで卵になり固まってしまうこと、モノを冷やす家電(冷蔵庫やクーラー)のしくみ、ぬるいビールが不味いワケなど、「原理が分からない当たり前の現象」で日常は構成されている。

 

 眼鏡をかければ、先に挙げた「原理が分からない当たり前の現象」のそれぞれが、電場に応答する液晶配列技術、状態変化とタンパク質の変性、電気エネルギーと気化熱の応用、ヘンリーの法則(気体の溶解度)として'''高解像度'''で見えてくる。

 

 僕にはなんでもかんでも説明したがる節がある。「これがこうなっているのはあれがああだから」と、あらゆる物質・現象の原理を理解しておきたいのだ。きっと生粋のリケダンだ。

 

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 だが、これまで具体例を出しながら説明してきた科学的なとらえ方をしようとしても、指の隙間から水がこぼれてしまうように、その実体が掴めない対象がある。芸術だ。

 

 僕の趣味には旅行のほかに「写真」と「お笑い」があるが、どちらにおいても科学的な分析がまったく通用しない領域が確かにある。

 

 だからこそ、僕は芸術全般に惹かれるのかもしれない。世界中のありとあらゆる対象は科学的に説明できるというのに、芸術というやつだけには得体のしれない美しさが宿っている。

 

 級数的リズムを生み出す「黄金比」とか、カラーパレットから直線的に抽出される「配色比」とか、ある程度の体系的な要素はあるものの、個人の経験に基づいた美的感覚に大きく依存しその美しさの根底に自然の摂理もくそもない芸術には、不思議とうっとりしてしまう。音楽も絵画も漫画においても、科学の介入が許されない部分が多いように感じる。

 

 鮮明に見えるものがほとんどであるなかで、諸芸術のように'''ボヤけて'''見えるものもあるところが、化学の眼鏡の面白いところだ。

 

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 化学の眼鏡は世界中どこを探しても売られていないし、道端に落ちていることもない。それが欲しいのなら化学の知識をつけることだ。面白いことに、あなたの'''視力'''(眼鏡の度数)は上限なく向上していく。重大事故に遭って記憶が消し飛ばない限り、その'''視力'''が低下することはない。

 

 僕は「なぜ勉強をするのか?」という問いの答えに、「人生において役に立つ・立たない」の判断基準は相応しくないと考えている。どうせ一度きりしかない人生、せめて自分だけでもこっそり楽しむために勉強をするのだ。綺麗事に聞こえるかもしれないが、自分だけが楽しめればそれでいいという極めて自己中心的な意向ともとれる。僕は、この考え方が好きだ。

 

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 あなたが住む世界は、あなたが思っている以上に美しい。さあ、化学の眼鏡をかけて、すべてが奇跡であり必然でもあるこの美しい世界を眺めてみよう。