お笑い徹底分析【M-1グランプリ】

 

f:id:mytmytmyta:20201219031648p:image

 

 漫才頂上決戦M-1グランプリは、その年最も面白い漫才師を決める大会である。ミルクボーイの衝撃的な優勝から一年、今年はいかなるドラマが巻き起こるのだろうか。

 

 今回はM-1グランプリの魅力を徹底分析する。僕は何に惹かれ、どう観ているのか。自身の持つM-1像を明らかにするためにも、この記事を書くことにした。記事の内容を踏まえてM-1を観ると、より一層楽しめるようになるかもしれないよ。

 

f:id:mytmytmyta:20201219031726p:image

 

 M-1グランプリの本質とは何か。このことを考えるうえで、忘れてはならない事実がある。お笑い界最大の「賞レース」としての一面が目立つM-1グランプリだが、まず大前提として、そして本質的に、「テレビ番組」なのである。

 

 テレビ番組である以上、ただひたすらにネタを披露し評価されることの単調な繰り返しになることは許されない。視聴者の心に火を灯し、テレビの前から離さない'''工夫'''が必要になってくる。

 

 特に目立つ'''工夫'''は4つある。

 

f:id:mytmytmyta:20201219030512j:image

 

 まずはド派手なセットだ。電飾が極めて多く取り入れられた舞台は、テレビ番組としての「華やかさ」を演出するに十分なクオリティである。芸人が登場する際には舞台全体が激しく点滅するエフェクトが発動し、視聴者の高揚感を煽りまくる。おなじみの「エセカンカンカンカン…」の出囃子も視聴者の気分を高める。美術・音響スタッフのテレビマンとしてのセンスを存分に感じられるのだ。

 

 続いて「笑御籤」。漫才師の出順をランダムにすることで視聴者をテレビの前から離さない。昨年が史上最高の大会と言われた所以は、笑御籤による出順が全体として完璧に近かったからである。

 

f:id:mytmytmyta:20201219102138p:image

 

 トップのニューヨークが空気を作り、かまいたち・和牛らベテランが高得点を叩き出す。色物であるすゑひろがりずがその空気を断ち切ったあと、からし蓮根・見取り図と正統派漫才師が続き、ミルクボーイで大爆発。オズワルドが笑いの渦を徐々にならし、インディアンスが駆け抜けたと思ったら、ここまで披露された全ての漫才をフリにしたぺこぱが大爆発。テレビ番組として非の打ちどころがない演出だった。

 

 キャスティングにも抜け目がない。最高のテレビ番組を作るのならば、それ相応のキャスティングが必要不可欠である。M-1の運営陣は確かな実力者のみを集める。総合司会には百戦錬磨の今田耕司、アシスタントには大女優上戸彩。その他陣内智則(敗者復活戦司会)、川島明(決勝進出者発表会見司会)など誰もが認める実力者を呼び集めているからこそ、番組としての品格を高く設定・維持できるのだ。

 

f:id:mytmytmyta:20201219030906j:image

 

 今田耕司は凄すぎる。彼の立場は「総合司会」であるが、単に台本に沿って番組を取り仕切ることだけが仕事ではない。漫才終わりの芸人とのやり取り、先輩も後輩も入り乱れる審査員とのやり取り、アシスタントである上戸彩とのやり取りなどを通し、会場の空気を常に'''保温'''し続けているのだ。芸人を愛し、芸人に愛されるが故に暖かみを感じさせる今田耕司の存在は、M-1グランプリに必要不可欠である。

 

 その放送時期も計算し尽くされている。M-1の決勝戦が放送される年末は、多くの人が浮き足立つ時期。帰省やクリスマス、正月休みに向けて気分が上がるなか、日本一面白い番組がやるというのだから観ないわけにはいかない。しかもきまって日曜日である。年末が大好きな自分にとって、M-1の時節的な調整はバッチリだ。

 

 運営陣のぬかりない調整に、嫌な作為性は全く感じない。ただただM-1グランプリが盛り上がり、芸人たちの糧になることを望んでいるのがひしひしと伝わる。そんな裏方の心意気もたまらなく好きなのだ。

 

f:id:mytmytmyta:20201219032054p:image

 

 また、Cygames・サントリー日清食品ファミリーマートの4社がプレミアムスポンサーとしてM-1グランプリを支える。M-1が持つテレビ番組としての'''強さ'''は、様々なところから窺い知れるのである。

 

 ここまでは工夫の凝らされたテレビ番組としての側面を紹介してきたが、いよいよ漫才大会」としてのM-1グランプリの在り方に目を向けていく。

 

f:id:mytmytmyta:20201219030955p:image

 

 M-1グランプリと聞くと、年末に行われる決勝戦を思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし実際には毎年8月頃に1回戦が行われ、さらに2回戦→3回戦→準々決勝→準決勝と、年末の決勝へ向けて芸人は少しずつ駒を進めていくのだ。

 

 2020年は史上最高の5081組がエントリー。最終的に選ばれた決勝進出者は僅か9組(敗者復活組を除く)と、勝戦進出はまさに鬼門である。

 

f:id:mytmytmyta:20201219031128p:image

 

 そのため、優勝せずとも決勝で強いインパクトを残せば芸人としてのチャンスが巡ってくる。おぎやはぎ麒麟南海キャンディーズ、オードリー、ぺこぱがいい例だ。芸人の人生が、たった4分の漫才で変わってしまう。

 

 芸人は夢追い人の集まりである。大人がめちゃくちゃに本気になって青春してる感じが見えるから、M-1はたまらなく良いのだ。夢を追い続けてきた人間が夢を掴むその瞬間を見ることができる。その表情を目の当たりにできる。究極のノンフィクションドラマがそこにあるのだ。

 

 M-1では人生大逆転が簡単に起こる。代表例はサンドウィッチマンとミルクボーイだ。彼らは所謂'''負け組'''から実力で地に這い上がり、遂には全国の漫才師の頂点に立った。実は、みやたのM-1に関する最も古い記憶はサンドウィッチマンが優勝したシーン。当時小学3年生だった僕の心に、彼らの逆転劇がとても美しく映ったのだろう。

 

f:id:mytmytmyta:20201219031429p:image

 

 刺激的で感動的なドラマが次々に起こるかるこそ、僕はM-1グランプリを愛しているのだ。すべてがリアルな出来事であるのに、映画よりもドラマチックな時間が流れる。こんなことはなかなかない。スポーツの世界とお笑いの世界くらいではないだろうか。

 

 

 次に、M-1の競技性について。

 

 実は、M-1は競泳に'''似ている'''。漫才という型をとっているのならば自由なネタを披露して良いのがM-1グランプリだ。競泳の自由形種目はとにかく速ければどんな泳法をとっても良く、とにかく面白ければ良いというM-1における漫才の在り方に似ている。

 

 競泳選手は自由形と言われたら十中八九クロールを選択する。間違いなくクロールが最も速い泳法であるため、至極当然の現象である。

 

 では、M-1はどうか。漫才師たちが繰り出すネタは千差万別だ。そもそも絶対に面白い漫才の型など存在しない。何故か。その場その場の状況によってウケが変わってくるのはもちろんだが、それ以上に「絶対的な点数がつけられない」という漫才(お笑い全般)の性質がそうさせているのである。

 

f:id:mytmytmyta:20201219032755p:image

 

 ここが漫才の肝になる。にも関わらず「漫才を点数化すること自体がナンセンスだ」という指摘は全くない。それには実績と説得力を持った7人の審査員の存在が大きく関わっているように思う。

 

 近年のM-1グランプリの審査員は、オール巨人塙宣之立川志らく富澤たけし中川礼二松本人志上沼恵美子の7人が担っている。言わずもがな「漫才のレジェンド」と呼ぶにふさわしい人選である。

 

f:id:mytmytmyta:20201219033156j:image

 

 7人それぞれの立場は異なる。立川志らくはそもそも漫才師ではなく江戸の落語家だ。塙、富澤、礼二は比較的若い現役の漫才師であり、他にはない独自の漫才スタイルを持つ。オール巨人は現役で漫才をするベテランとしての立場を担う。松本人志上沼恵美子はお笑い界の頂点に君臨する者として、また、漫才で一世を風靡したレジェンドとしての至大至高の立場がある。何故、立場の違う7人を集めたのだろうか。

 

 ひとえに、漫才を多角的に評価してもらうためである。ネタが面白いかどうか、その感じ方は個人によって少しずつ異なるため審査員は多い方が良い。さらにM-1という大舞台の格をより一層高めることのできる漫才のレジェンドを抜粋。最後に漫才のスタイルや活躍の場、年齢や出身地(関東か関西か)の異なる7人を招集した結果、この面子に落ち着いたのだろう。

 

 誰かの点数が高くても、他の誰かの点数は低いなんてことがざらにある。その点において、ミルクボーイは凄かった。最低点が礼二の96点、最高点が塙の99点。ここまでの高得点を7人全員につけさせたことが異常である。点数開示後、上沼恵美子松本人志は拍手をしていた。そんなシーンはM-1で初めて見た。

 

f:id:mytmytmyta:20201219033002p:image

 

 審査員のコメントは耳目を集める。審査員が何故その点数をつけたのか、漫才に関する総評を簡潔に喋る時間があるのだ。特に松本人志のコメント時に注目して欲しい。彼が言葉を発しているとき、漫才師の顔つきが明らかに変わる。やはり笑いの最前線に君臨し続けている松本人志の言葉は重いのだろう、M-1の見どころの一つだ。

 

f:id:mytmytmyta:20201219041941p:image

 

 

 ここまで徹底分析してきたが、M-1を構成する最後のピース「敗者復活戦」に言及する。

 

 敗者復活戦は「決勝戦に進出できなかった準決勝進出者」を対象に、決勝当日の昼、極寒の野外で行われる。勝ち上がるのはたった1組だが、毎年のように決勝戦を掻き回す。

 

f:id:mytmytmyta:20201219042330p:image

 

 敗者復活戦を勝ち上がり優勝したのはサンドウィッチマン(07年)とトレンディエンジェル(15年)の2組だ。名前を呼ばれ、緊張する暇すら与えられずMの文字から出てくる漫才師たちは、勢いをそのままに派手に弾ける。オードリーもかつて敗者復活戦を勝ち抜き、決勝への切符を手にしたのだ。

 

 しかしなぜ敗者復活戦を行うのだろうか。最初から10組を決勝進出にしてしまえば、わざわざこんな二度手間のような仕様にしなくて良かったのだ。一体、何のために行うのか。

 

f:id:mytmytmyta:20201219042900p:image

 

 スリルだ。人間は本質的に逆転劇を好む生き物。弱者が強者に打ち勝つ姿は桁違いに格好良く映る。そしてそれは伝説として語り継がれる。「敗者」「復活」するという構成を組み込むことで、視聴者に弩級のスリルを与えるのだ。

 

 無視されがちであるが、準決勝に勝ち進んでいる時点で既に「一流」の漫才師である。彼らのネタを昼に堪能した後に、決勝で「超一流」の漫才を観る。この流れがたまらないのだ。日本で最も面白い日は、間違いなくM-1グランプリの決勝戦が行われる日である。

 

 

 最後に、今年のM-1について少しだけ。

 

f:id:mytmytmyta:20201219042603p:image

 

 M-1グランプリ2020の運営陣が例年より特に力を入れていることがある。プロモーションだ。

 

 今年のM-1グランプリの運営陣は、YouTubeをフル活用したプロモーションを行っている。2回戦や準々決勝敗退組の全ネタを公開したり、決勝進出者発表会見の一部始終を配信したりと、逐一M-1関連動画をアップロードしている。これにファンからは「需要をよく理解している」と歓喜と賞賛の声があがっている。僕もそのなかの一人だ。

 

 特に僕が気に入ったのはM-1グランプリ2020のプロモーションビデオである。

 


「M-1グランプリ2020」x「Creepy Nuts」スペシャルムービー

 

 こんなにカッコいいPVは他にない。騙されたと思って観て欲しい。Creepy Nuts「板の上の魔物」の歌詞が漫才師の境遇と重なることで感情が乗りやすいうえに、映像がとにかくめちゃくちゃカッコいい。歌に合わせて作られたものではなく芸人のリアルのみを映しているため、真っ直ぐな感情で映像に向き合えるのだ。冗談抜きで既に50回近く観ている。

 

 運営の力の入れ具合が凄まじい今年のM-1グランプリではどんなドラマが観られるのか。準決勝をオンライン配信で視聴したが、良い意味で「優勝候補がいない大会」と言えるほどに全員が横一線に面白い。楽しみで楽しみで仕方ない。

 

f:id:mytmytmyta:20201219041724p:image

 

 漫才は魂のぶつけ合いだ。言葉の掛け合いだけで人を笑わせる。あの空間で誰よりも笑いをとった者が正義であり、勝者となる。

 

 史上最高と言われた2019年を超えろ!!漫才は止まらない!!!よっしゃぁぁああ!!!!見届けるぞぉぉ!!!!